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ニューズレター 第220号 2009.10.05 発行

磯焼け対策ガイドラインとその後の動き

[KEYWORDS] 磯焼け/磯焼け対策ガイドライン/環境生態系保全活動支援事業
東京海洋大学海洋科学部准教授◆藤田大介

磯焼けが回復しないのは、沿岸や漁村を取り巻く様々な社会的な事情も無視できない。
2007年2月に水産庁が発表した「磯焼け対策ガイドライン」をもとに全国各地で藻場回復に向けた取り組みが行われるが、漁業者や自治体の自発的な活動を支援する制度として「環境・生態系保全活動支援推進事業」がスタートした意義は大きい。

はじめに

沿岸が抱える古くて新しい問題の一つが磯焼けである。磯焼けはもともと伊豆半島東岸の方言で、藻場の顕著な衰退を「磯の焼け」、藻場が衰退した岩礁を「焼け根」と呼んでいた。海の中が「焼ける」という表現は、草原状のテングサ場や森林状のカジメ海中林が衰退し、その残骸と石灰藻が海底に残り続ける様子を端的に描写したものである。北の海のコンブ場の衰退も含め、現象としては古くから認められていたが、学界では1885年に静岡県から学界に問題提起されたのが端緒となった。その後、国内各地で磯焼けの発生や持続のしくみに関する研究、あるいは藻場の維持・回復に向けた取り組みが増え、1世紀余りの間に国内で公表された論文や報告は優に1,000を超える。

なぜ、磯焼けが起こるのか

そもそも、海藻が減るのは、海藻が「食われる」「枯れる」「芽生えなくなる」「引き剥がされる」のいずれか、または組み合わせによる。どれも藻場でふつうに起こる事象ではあるが、様々な理由で大きく度を越すと磯焼けとなる。海藻を食べる植食動物のうち藻場に大きな影響を及ぼすのは、ウニ、アイゴやブダイなどの植食性魚類、巻貝などで、海藻が「枯れる」理由では高水温・貧栄養状態の持続が最も深刻である。海藻が「芽生えなくなる」のは浮泥の堆積によることが多く、海藻が「引き剥がされる」のは台風によるが、通常、被害は一過性である。しかし、海藻がウニに食われる現象一つをみても、これが激化する理由は単純ではない。稚ウニの大量発生や放流・移植、捕食動物の減少、ウニ漁業の衰退、寄り藻の減少、生息場所の増加、摂餌環境の好転など様々で、その遠因は海流の離接岸など「自然の猛威」の場合もあれば、沿岸開発や漁業など「人為的影響」の場合もある。
研究や事業が栄えたにも関わらず、なぜ磯焼けは回復しないのか。その理由としては、?急速な沿岸環境の悪化、?磯焼けに対する認識の誤り、?回復手法の選択の誤り、?漁業者の担い手の減少、?回復計画・作業に関する知見の欠如、?取り組み体制の不備、?経済的価値の低い食害生物の利用の停滞、などが挙げられる。高度に開発された日本の沿岸において磯焼けの持続・拡大を問題にする場合、近年よく話題となる「地球温暖化」もさることながら、沿岸や漁村を取り巻く様々な社会的な事情を無視できない。

「磯焼け対策ガイドライン」の策定

市民ダイバーの援助によるウニ除去
市民ダイバーの援助によるウニ除去

このような事態を打開するため、 2007年2月、水産庁は、「磯焼け対策ガイドライン」を発表した。これは、2004〜2006年の3年間、筆者が委員長である磯焼け対策検討委員会のもと、(独)水産総合研究センター水産工学研究所が中心となって推進した「緊急磯焼け対策モデル事業」(水産庁)※1の成果をまとめたもので、水産庁のホームページからダウンロード※2できる。
ガイドラインでは、漁業者自らが主体となって藻場の回復を計画・実行できるようになることを目指し、「獲りプロ」としての漁業者の職能を活かすため、食害型の磯焼けを主要テーマとしている。また、藻場や磯焼けに関する基礎知識に加え、対策手法について、従来・新規の要素技術を類型化し、系統樹の形に体系化して解説している。
最大の特徴は、順応的管理の考え方に基づき、(1)磯焼けの感知、(2)藻場形成阻害要因の特定、(3)回復目標の設定、(4)阻害要因の除去・緩和手法の検討、(5)要素技術の選択、(6)要素技術の実施、(7)モニタリング調査、(8)目標達成の判定とフィードバック、という8段階の対策フローが示されていることである。磯焼け対策の基本はあくまでも藻場形成阻害要因の除去・緩和で、これを成功させるためには、要因特定のための簡易実験、藻場の現況と事業成果のモニタリング、そして、さらなる環境悪化を招かないためのソフト技術が重要な意味をもつ。また、このガイドラインでは、前述の社会的な事情を考慮し、漁業者と行政と専門家だけでなく、市民の参画を促している。これは、単に磯焼け対策の人海戦術に利するだけでなく、実質的な都市漁村交流により漁村を活性化し、理不尽な沿岸環境の破壊に対しても地域全体の問題として解決していくことが必要だからである。

ガイドラインその後

2007年度には「大規模磯焼け対策促進事業」(水産庁)が始まった。この事業では、ガイドラインの説明会や藻場・磯焼け対策講習会を開催しているほか、実動的な専門家(サポーター)の指導による藻場回復事業を全国各地で展開し、植食性魚類からの藻場の防御など未解決の問題に対しても試験研究を進めている。現在、「逃げも隠れもしきれない」ウニの食害だけが問題となっている場合は、その除去を継続すればほぼ確実に藻場を回復できる。これに対して、「食い逃げのプロ」である植食性魚類の食害、海水流動条件の悪化やそれに伴う浮泥の堆積、また、ウニが関与する場合でも、ほかに植食性魚類、小型巻貝、浮泥などもあわせて阻害要因となっている場合は、ウニの駆除だけでは藻場は回復しない。
また、2009年度、「環境・生態系保全活動支援推進事業」(水産庁)※3が始まった。本格的な稼働はこれからであるが、藻場などのもつ水質浄化、生物多様性の維持、CO2の固定、侵食抑制による海岸保全、親水性や環境学習の場、漁業生産などの公益的機能が認められ、その回復と保全に向けて漁業者の自発的な活動を支援する制度ができた意義は大きい。この事業では漁業者が主体となって活動を企画し、地域協議会で認められると、国、都道府県、市町村から応分の交付金が受けられる。磯焼け域における藻場回復では、藻場のモニタリングや効果の検証が義務付けられるが、食害動物の駆除や品質改善、海藻種苗の生産や移植などが幅広く支援対象となり、良識ある一般市民の参加も容易になるというものだ。

終わりに

海に囲まれた日本では、身近な海を豊かにしたいと考えている企業や人も多い。これを機会に、多くの人の知恵と力が藻場の保全に参画し、漁業者のみならず地域全体が「海の守り人」となり、豊かな藻場と活力ある漁村が戻ることを願ってやまない。(了)

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