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ニューズレター 第148号 2006.10.05 発行

磯焼け―失われゆく海中林

東北大学大学院農学研究科資源生物科学専攻教授◆谷口和也

沿岸岩礁域で海中林が衰退・消滅し、磯焼けとなる海域が全球的に急速に増加している。
地球温暖化によって海中林の形成できる海域が狭まり、
ウニなど底生植食動物に加えて、熱帯性の植食魚類が北上して海中林を破壊しているからである。
今こそ、新たな造林技術の確立を図るとともに、
人類の叡智を結集して地球温暖化を阻止する秋(とき)である。

豊かな海中林と磯焼け

沿岸岩礁域には、波打ち際から最も深くとも水深30mほどまでの海底に海中林と呼ばれる褐藻群落が形成される。沿岸岩礁域の面積は海全体の0.1%にすぎないが、海中林は1年間に乾燥重量で1〜8kg/m2の物質を生産するので、生産量では海全体の10%にも達する。海中林は、エビ・カニ等大型甲殻類やメバル・カサゴ・アイナメ等魚類の採食、逃避、産卵、稚仔あるいは一生を通しての生息場となっている。また、アワビ、サザエ、ウニ等植食動物は海中林を食物とする。さらにラッコやアシカ、海鳥がそれらを求めて大量に集まる。海中林は、地球上で最も生産力が高い豊かな場所なのである。

海中林は今、世界中で急速に消えつつある。オーストラリア・タスマニア島のジャイアント・ケルプ海中林は1950年代の面積の5%にも満たないという。

海中林の縮小・消滅は、海中林で生活する動物の消失と沿岸漁業の壊滅を招くので、日本では古来磯焼けと呼ぶ。海外でも200年以上前から荒地、空地、海中林崩壊域、桃色の岩、サンゴモ平原などと呼んでいる。磯焼けの海底には、炭酸カルシウムを多量に含む紅藻無節サンゴモ(海苔や天草の仲間)が優占する。無節サンゴモは海中林内の海底を普通に覆っており、海中林の分布下限以深では優占群落となっているからである。磯焼けの海底には、世界中共通してウニが多数生息する。このため、磯焼けの状態をウニ−サンゴモ群集と呼ぶこともある。

磯焼けの発生と持続

海中林は、低水温・富栄養な寒流や深層水が湧昇する海域に形成される。したがって磯焼けは、高水温・貧栄養な海況が原因で海中林の死亡率が高まり、海中林の面積が波打ち際近くまで極度に縮小し、無節サンゴモ群落が拡大することによって発生する。しかし、海中林は何故深所から死亡するのか、単に高熱によって死亡するのか、光や栄養塩はどのように関わるのかなど発生機構はほとんど分かっていない。とはいえ環境条件の正確な測定資料をもたなかった天保年間(1830年代)に、下北半島の漁民は例年より高水温であるとマコンブが凶作になることをすでに知っていた。伊豆半島東岸では、黒潮大蛇行による黒潮の接岸によって、東北地方太平洋沿岸では親潮の弱勢化によって磯焼けが発生する。南・北アメリカ太平洋沿岸ではエルニーニョの発生が磯焼けを、ラニーニャの発生が海中林の回復をもたらす。この他、カナダ東部、オーストラリア、アラビア海等寒流が影響する海域と深層水※が湧昇する海域では海中林が発達するが、磯焼けもしばしば観察される。ノルウェーの沿岸は湧昇流、南アフリカ沿岸はベンゲラ海流(寒流)の流量不足から磯焼けが発生するとされている。

北海道日本海沿岸における磯焼け海域。

高水温・貧栄養な海況条件になると、台風やハリケーンなど大きな時化が頻発するようになる。その強い撹乱によって海中林が海底から大量に離脱することも磯焼けが発生する原因の一つである。磯焼けをもたらす環境変化には、津波・火山爆発・洪水等、異常性が高く突発的で現在でも予測不可能な原因もある。

磯焼け域に優占する無節サンゴモ群落には世界共通してウニが多数増加する。無節サンゴモが揮発物質のジブロモメタンを常時多量に分泌し、ウニ幼生の変態を誘起するからである。無節サンゴモ群落で大量発生するウニは、無節サンゴモの表面に着生して発芽・増殖する多くの藻類を摂食する。その結果、海中林が形成できないので、磯焼けは持続する。無節サンゴモは成長にともなって表層の死細胞を人間の垢のように剥離するが、ウニはそれも効率的に摂食して除去する。無節サンゴモとウニとは共進化したと考えられている。

人間活動による海中林の破壊

磯焼けは、高水温・貧栄養の海況で発生するが、海況が回復すれば、いずれ海中林も回復する。しかし海洋汚染による富栄養化や透明度の低下、陸上の開発による淡水・土砂の大量流入、漂砂、重油流出事故など人間活動に起因する海中林の破壊は、その原因が持続する限り回復は困難である。しかし原因が人間自身にあるので、自ら原因を明確に認識し、取り去ることが海中林の修復と保全にとって最も重要である。磯焼けを定義した遠藤吉三郎博士は、河川からの大量出水を防ぐには「水源地方ノ森林ノ濫伐ヲ制限シ輪伐法ニ依リテ絶ヘズ樹木アラシムル」と沿岸環境の保全にとって重要な提案を1911年当時すでに行っている。沿岸環境に対する人間活動の破壊的な影響を定量的に把握することは、国土保全を図る上で大変重要な課題である。

人間活動は地球環境さえも改変している。地球温暖化である。1980年代後半から高水温・貧栄養の海況が長期に持続しているため、温帯から寒帯に分布する海中林は急激に北退し、極地方に追い上げられている。温暖化にともない熱帯性のアイゴ・イスズミ・ブダイ等植食魚類が日本列島中南部沿岸まで北上し、食害によって海中林の破壊に拍車をかけている。高水温・貧栄養の海況で、何故海中林が深所から死亡していくのかなど、磯焼け発生機構を解明することは、植食魚類対策とともに海中造林を図る上で緊急の課題である。

海中林を回復させるために

これまで、磯焼けの持続要因である植食動物の過剰な摂食圧に対し、植食動物の持続的な大量駆除、海藻の大量投与、植食動物排除装置による摂食圧の回避などの技術開発によって海中造林を可能とした。さらに、成熟した海藻や人工種苗の移植によって成果をより確実にした。しかし現在、造林技術を行使しても海中林の回復は困難になっている。地球温暖化による海中林の急激な北退・縮小による磯焼け域の著しい拡大と熱帯性植食魚類の北上による食害の拡大のためである。磯焼け発生機構の解明を基礎とする造林技術と植食魚類の排除技術の開発が緊急に必要である。そればかりか、後世のために今こそ人類の叡智を結集し、地球温暖化を阻止すべき秋(とき)である。(了)

※ 海洋学では深度1,000m以深の海水のことを深層水と定義する。ここでは、これを意味する。一般的に産業利用されている深層水は、水深約200m〜300mの『光合成による有機物生産が行われず、分解が卓越し、かつ、冬季の鉛直混合の到達深度以深の海洋水』である。

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