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ニューズレター
第13号 2001.02.20 発行

ボルサ・チカ湿地、再生への道
〜カリフォルニアの「三番瀬」は、いかにして復元への道を歩みはじめたか?〜

横浜国立大学講師◆ベバリー・フィンレイ 金子 ●Beverly Findlay-Kaneko

東京湾三番瀬干潟の開発計画をめぐる千葉県と環境保護主義者の対立はおよそ10年にも及ぶ。もちろん、そういった根深い対立は何もここだけの話ではない。が、それと同じ問題にさらされながらも、自然環境の保全と復元計画に向けて力強く動き出したケースが海外にはある。カリフォルニア州ボルサ・チカ湿地における経験は、三番瀬の今後を考える上で有益な道しるべになるはずだ。

三番瀬干潟
日本有数の渡り鳥の飛来地になっている三番瀬干潟(千葉県市川市・船橋市)の埋め立てをめぐって、自然環境の保全を訴える保護団体等の運動が実を結び、1999年6月、千葉県は埋め立て面積を当初計画の740ヘクタールから101ヘクタールにする見直し案を発表していた。環境相の発言はさらにこれを見直すことを求めたものだ。(写真:佐野郷美)

今年1月12日、川口順子環境相が東京湾の三番瀬干潟を視察し、その小さな地域が、にわかに脚光を浴びる事となった。90年代前半から、この湿地を中心に、開発を進める千葉県側と対立する地元の住民及び環境保護主義者たちが争いを繰り広げてきた。その理由は、この湿地が東京湾域では貴重な自然を残す数少ない場所だからである。

特にここは渡り鳥たちの住処となっている場所でもある。県側は下水道終末処理場や廃棄物最終処分場用地として、干潟など101ヘクタールにわたる埋立てを計画している。この日、川口環境相は「埋め立て地の縮小など計画を全面的に見直すべき」と発言し大都市の近くに残る素晴らしい自然を子孫まで引き継ぐ義務があると述べた。

また千葉県側の現在の計画に対してバブル期以降の変化に応じた考え方の必要性を指摘したことで、首都圏の残り少ない自然な湾岸環境の保全に新たな希望を与えた。

千葉県側が環境省から、三番瀬干潟の開発計画の見直しを求められている今、私は同様の問題を抱えていたハンティントンビーチ市にあるボルサ・チカ湿地( ※1 )の例を挙げておきたい。

ボルサ・チカ湿地の現状と保全への動き

百万ドルの高級住宅が建ち並ぶマリーナと「サーフシティ」と呼ばれ世界的に有名な海岸に抱えられたこの湿地は、一見したところ特別に素晴らしい場所とは思えないだろう。ここに自生する植物たちはほとんど1年中くすんだ緑色または乾き切った茶色をしているし、その湿地を訪れる人がひとときの散策のために用いる環状になった遊歩道の真ん中には、どろどろに濁った薄気味悪い塩田が鎮座しているからだ。

しかしながら、この湿原を周回する遊歩道を気ままに散策してみると、多種多様の鳥や動物たちに出会うことになり、ここを訪れた者を驚かせ、また感動させている。沼の浅地ではシラサギがゆったりと慎重に歩き、沼の深い所ではアジサシが戯れている。しかも絶滅に瀕している種のアジサシもいて、餌となる魚を捕獲するために上空からダイビングする場面も見られる。ブラウンペリカンはもちろん、幸運な訪問者は珍しいホワイトペリカンに出会う可能性もある。

三番瀬と同じくボルサ・チカはこの10年以上の間、開発業者と環境保護団体が対立してきた。が幸いなことに最近になって、湿地の保全と復元にとっては良い兆候が見えてきた。昨年11月カリフォルニア沿岸管理委員会(CCC)( ※2 )は湿地内の私有地に関する開発に対しても制限を加える事を承認したのである。これにより開発業者Hearthside Homesが計画するオレンジ郡承認済みの住宅地開発予定地183エーカーが65エーカーに減らされることになった。そしてCCCの決定によりこの計画自体がオレンジ郡に差し戻される結果となった。ただし、論議されている183エーカーの「運命」はこれで完全に決まった訳ではない。訴訟好きなアメリカでは、まだまだこの争いは続くものと思われる。しかしCCCが、このHearthside Homesの開発計画に対して湿地の保全を要求したことでNPOのボルサ・チカ保護団体( ※3 )等の保護団体側にとっては希望が持てたことは確かだ。

ボルサ・チカ湿地にとってもう一つの勝利は、1997年にカリフォルニア州土地管理委員会(CSLC)( ※4 )が購入し所有地となった880エーカーのボルサ・チカ低地にある。いま、この低地とその他367エーカーの湿地が復元計画の承認待ちをしている。昨年、CSLC、米国魚類・野生生物局( ※5 )、米国陸軍工兵隊( ※6 )が湿地の復元に関する共同環境影響報告書の原案を公開したことでさらに復元への道が開かれる事になったのだ。

ボルサ・チカ湿地
ボルサ・チカ湿地 ベバリー・フィンレイ金子氏は横浜市在住。毎年、ボルサ・チカ湿地の近くにあるハンティントンハーバーに数週間滞在する。空撮はボルサ・チカ湿地の全景

ボルサ・チカ湿地の歴史と教訓

ボルサ・チカ湿地の過去には、鴨狩りクラブ、第二次世界大戦の沿岸防衛ステーション、油田という波乱に富んだ歴史があり、これらの化身はボルサ・チカにまざまざとその痕跡を残している。この沼地へのダメージは海水の流入量の悪化に始り、さらには石油抽出設備によって与えられたダメージへと及んでいる。回復プロジェクトには、湿地に必要な海水が充分流れるように浚渫と海水の引き入口を設ける項目が含まれている。

土地所有権の問題、復元の公式な計画、そして環境影響報告書は湿地の回復への足掛りにすぎない。新たな計画の作成や反対派への対応が待ち構えているのだ。例えば昨年の夏、ボルサ・チカ海岸のサーファーたちがこの海水の引き入口建設に反対運動を開始した。その海岸が湿地の水によって汚されるのを恐れたからである。

三番瀬の保護者たちがボルサ・チカ湿地のストーリーから得られる教訓は「運動を続ければ、最後には報われる」ということである。さらに、小さな枠組みに捕らわれることのない公共政策を検討できるCCCのような機関が必要であり、地元住民の事をグローバルに考えられるようになることである。住宅地開発や他の都市整備の事業は、税収を増やすなど、市町村に利益を与えることはいろいろあるが、開発の場所によって、州、国、または世界における自然のバランスを崩す恐れがある。

川口環境相のような高官、そして、ボルサ・チカ保護団体のような粘り強い草の根団体はこのメッセージを明確に伝えている。つまり、われわれは子孫のために、瀟洒な百万ドルの住宅や下水処理場を建設するより、自然に親しめる、心が安らぐような静かなところを保護するべきでなのである。何にもまして、沿岸開発のために影響される動植物は、優雅な渡り鳥であろうと、ぬるぬるの、目が飛び出たムツゴロウであろうと、人間の気紛れな思い付きからその生命を保護される権利があるのだ。(了)

※1 カリフォルニア州ロサンジェルス市の南に位置する。

※2 The California Coastal Commission. 1976年、州法であるCalifornia Coastal Actに基づいて設置された。

※3 Bolsa Chica Conservancy

※4 California State Lands Commission

※5 U.S. Fish and Wildlife Service

※6 U.S. Army Corps of Engineers

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